花明かり
 
古来、花といえば唐風に梅をさしたというけれど
いつしかこの国では桜のことになった
 
 
いにしへの奈良の都の八重桜
花の下にて春死なむ
花の色はうつりにけりないたづらに
 
 
花も今は墨染めの色に咲けと嘆いた男と
樺桜のように美しい女を描いた式部
花の御所、と呼ばれる権勢を誇った足利将軍
醍醐の花見に繰り出した太閤
春の名残をいかにとや、と無念に果てた内匠守と
本懐をとげて花と称えられた内蔵之助
墨田川の土手にせっせと桜の名所を作った米将軍
どの時代の都にも桜は彩りを添えている
 
 
「昨日は上野の花の幕に水入らずの二人連れ」
頬染まるような洒落たフレーズ
空気も水も草花も
今よりは澄んでいたろう江戸の大都会で
それは楽しいひとときであったに違いない
 
 
新選組にも山桜とたとえられた男がいる
多くの武士はその散るさまを潔しと認めたようだ
 
 
豊かな花びらを重たげにつける八重咲きや
緋桜といって色の濃いものも
不断桜や寒桜のように季節違いのものも
それぞれにあってそれぞれに美しいけれど
私はやっぱり
春の盛りにふと出かけて目にとまる
染井吉野の白い五弁の花が好き
たそがれの薄闇にやがて溶けてしまいそうな
風に揺れてややはかなげなあの花が好き
 
 
江戸から明治にかけて染井の職人たちが
作り上げたという桜の中の傑作
と、いうことは歴史上の人たちは
ほとんどあの花を目にしていないことになる
 
 
一輪だけを見ればさびしいほどに単純な形だけれど
それでも美しい花だとあなたは言った
咲き揃った姿の盛観は例えようもない
いまは日本じゅうを浮き浮きとさせる花だ
 
 
今年はあなたと桜の樹の下に立てるのかな
そこに咲く花は変わらずに見えても
その下に立つ人の心は年ごとにうつろい
気づかぬ間に散ってゆくこともある
 
 
いや、毎年の花は同じように見えるだけで
今年の花はまた新しい花であるはず
ひととき、ひとときに違うと言ってもよいほどに
ましてや形のない人の心も移り変わって当然
 
 
月日を追う出会いと別れの中で
繰り返される愛のささやき
吹く風のさざめき
こぞとことしを分かつやわらかな終焉
 
 
出来れば大好きな人と手をつないで
毎年の花明かりの下にいたい
 
 
 
 
 
   




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 写真提供 : 幕末維新新選組副長 土方歳三様