新選組監察日記

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< 監察日記 ・ 朝霜の項 >    

「ふえーっ、寒い寒い。」
という声を口々に発しながら、廊下を一団の足音が近づいて来たのを聞いて、
屯所の監察方御用部屋にいて、火鉢で手をあぶっていた吉村貫一郎は、
ああ、夜勤の原田隊が戻って来たのだな、と知った。
 昨夜書きかけた書状を片寄せて座り直した頃、案の定副長助勤の
原田左之助が障子を開けて入って来た。
「寒い!」
怒鳴っているのではないか、と思うような声を合図に、どかっと火鉢の側に
座ると、自分の物であるかのように抱え込む。所作が荒いのは最早この人の癖だ。
「お疲れ様でございました。異常ありませんか。」
「ああ。存外に平穏無事なもんさ。」
全員帰還、という事をちょっと墨を含ませて日誌につけたあと、
「京者は、ご政道が変わったくらいでは動きませんからな。」
と、吉村は鼻でひとつ息をついた。
「上で何をやっているか、なんて事は俺らにもわからんさ。」
原田は爪の先で、真っ黒な髪の、左耳の少し上あたりを掻いている。
「風呂は沸いていると思いますよ。明け前にはたてておく、と久助が湯桶を
洗っていましたからね。」
「そいつは有り難い。」
「京者は気もききます。」
「人の顔色を見るのがうまいんだろう。」
「まあ、千年も都をやっていればそうなるでしょう。」
「は、は、は。やっている、は良かったな」
話の合間に、吉村は鉄瓶の湯を一度茶碗にくぐらせて少し冷まし、器用に
茶をいれて原田に出している。
「粗茶ですが。」
へっ、と笑ってから原田はその一服の茶で懐を暖めた。
「寒々しいと思ったら、今朝は貫さん一人かね。」
「山崎さんは金繰りに行ってましてね。」
「なるほど。」
「まあ、軍資金調達です。」
 さもありなん、という顔で原田がうなずいている。
大政奉還の後で、いずれは長州が舞い戻ってきて幕軍と
一戦構えるのではないか、という話が聞こえてきていた。
「あんた非番は?」
「今日がそうですがね」
「じゃあ、俺んちにでも来るかい。ひとっ風呂浴びたら帰るつもりなんだ。」
「いや……」
 すまなそうな顔をして吉村は首を振った。
「身重のお内儀に気を遣わせては悪いですよ。」
「構わんさ。茂の相手をしてくれるので、かえって喜ぶ」
「は、は。そりゃあ、坊やとは遊びたいですが……」
茂というのは原田の長男で二歳になる。原田の妻のおまさは、臨月に近い腹で
第二子の誕生を待っているのだ。
「山崎さんの首尾を聞いてからでなければ留守に出来ませんのでね。またの機会に
させていただきます。」
「そうか。伏見の酒があったんだが残念だな」
「それは残念至極。明日までは残っていそうにない。」
 二人が同時に笑った。吉村貫一郎の酒好きは必要以上に喧伝されているのだ。
「監察には非番も当番もねえようなもんで気の毒だね」
同情してくれたらしい。
「まあ、忙しいのはいずこも一緒です」
 もう慣れてしまった、という顔で吉村が頷いた。
「寒々しい顔でも、いないよりはましでしょうよ。」
「お、切り返したな。」
 原田が豪快に笑って、茶を飲み干しただけで帰っていくと、御用部屋は再びがらんと
なった。次に斎藤一の隊が日勤の巡察に出ることを員数の報告を含めて立ち寄るまでは
少し間があるだろう。その間に誰か来た場合のことを考えて、吉村は横にはならず、
背後の壁に背中をつけて胡座をかいたまま、一見すると考え事をしているかのような
格好で目をつぶり、眠りにもならないほどに浅い仮眠の体勢に入った。
 まさか一人だと言って、日も高くなってから居眠り中の新選組監察を襲うほどの
者もいるまいが、だらしない格好を見られるのも困る、と思ったからである。
(今日は、新入りサンたちの手配をして……まあ、広間ではあれとあれとあれ、
位を話しておけばいいだろう。)
 もっと平和な頃には文学師範としてそれなりの講義、をする時間などもあったのだが、
何しろ将軍が辞職したあとの不安定な情勢で、古今和歌集のイロハ、を教えている
わけにもいかない。副長の土方歳三が自ら江戸へ下向して連れて来た新入隊士の
一団のほかにも、三々五々、という形で戦力の補強には腐心している頃である。
(伏見の酒……か。この寒さじゃ、船下りも風流なものとは言えまいな)
京の市中では、隊士たちと顔を合わせても役目柄やや不都合、というような時が
あって、少しゆっくりと暇がとれれば伏見の撞木町から大坂などへ、酒と遊びを求めて
川下り、などという楽しみも出来たのだが、もうそうもいかない。次に土手の桜を眺める、
いや梅見の季節に至る前には、戦があるものなら始まっているだろう。
(夜桜や、浮かれガラスが舞い舞いて、花の木陰にたれやらがいるわいな……)
春には絞りの手ぬぐいをかぶって、芸妓たちの三味線を前に、酔いにまかせて
そんな唄を歌ったり踊ったりしたものだが、あれは祇園だったか先斗町だったか。
 やはり酒は春だな、と思いながらそれでもうとうとと転寝につりこまれていると、
「吉村さん」
という声で目が覚めた。見習の隊士の一人が覗き込んでいる。
「ん、ああ……」
一度目を強くつぶってから開き、外から差し込む光を見ると、さっきより確かに
白さが強くなっている。
「すまない、寝ていた。」
「いえ、お休みのところ申し訳ありませんが、副長がお呼びですので」
「そうか。ありがとう、すぐ伺います。」
「いえ少し、そうですね……四半時ほど後で来て下さい、と。例のものを持ってきて
くれ、と仰っていました。」
「ああ、承知しました。」
 見習の隊士は、まだ童顔といってもいいほどの年若い顔立ちで、くるんとした瞳を
向けて、何か感心している。
「すごいですね。」
「何が?」
動かさずにいたせいで凝った首すじをほぐすように回しながら尋ねると、
「いえ、副長が例のもの、と言えば吉村さんにはわかる、と仰ったのですが、
本当でしたので。阿吽の呼吸、ということかなあ……と。」
「は、は、は。面白いことを言うね。」
 当たり前の事を言われたのがかえって意外で、吉村はつい笑った。
「そんなことはすごくも何ともない。監察は副長のご指示で仕事をしている。だから、
それでわかる。ただそれだけの事だよ。」
「いえ、私などは未熟ですから、いちいち上の方にお聞きしないとわからないこと
ばかりです。」
「それはそうさ、誰でも一朝一夕で新しい仲間うちの事がわかるはずも、仕事が
出来るはずもない。」
「吉村さんでもそうでしたか。」
「君の年頃には、イナゴ取りだの柿泥棒だの、くだらん遊びばかりしていたよ。」
と、いうのは多少は謙遜で、剣と文の修業くらいはしていたのだが、若者は違う
ことに耳をそばだてた。
「えっ?」
びっくりしたような顔をしている。
「か……監察の方が、泥棒をなさっていたのですか?」
 しまった、と思ったが今更訂正はきかないだろう。
「ううむ、近所の業突く張りの金貸しの因業親父の屋敷の庭に、それはそれは甘くて
ぽってりと熟れた柿がたわわに実っていてね。」
「はあ。」
「貧乏人をいじめた意趣返しさ。それでも悪いことには違いないが……」
吉村は、丁度さっきの原田と同じような仕草で頭を掻いた。
「わかりました。悪人を懲らしめるためですね。」
「ううーん。」
 若者は真っ直ぐに澄んだ目をして、納得してしまっている。単に悪戯っ気でやった
事でも、甘いものが食いたかっただけ、という理由でもあるのだが、逆らわない
ほうがいいかもしれない。
「義によって成敗した、という事にしておくかな。」
苦笑しつつ答えると、
「はい。武士の誠を貫くのは、新選組の本分ですからね。」
明るい返答が即座に戻ってきた。
 言葉の意味までわかって言っているのだろうか、いや、まだ言葉の上での理想と、
仕事の上での現実という事までは、この年代では理解出来るはずもない。純粋
なのは若さゆえの美点であり、それこそが特権でもあるのだ。
「市村君は立派だなあ……」
 今度は吉村が感心していた。この若者は、まだ入ったばかりで、今は副長付きの
小姓兼見習隊士になっている市村鉄之助、という名である。
「と、とんでもない。私が立派であるはずはありません。副長はとても立派な方ですが。」
「は、は、は。比べる相手がでかすぎる。」
 会話の食い違いがおかしくてたまらなくなってきた。吉村はそもそも、言葉で洒落や
冗談や諧謔を交し合うのは働く事より余程好き、という困った傾向をもっている。
しまりのない監察、と思われる前にやや襟を正して、ゴホンと一つ咳払いをし、
「用件はそれだけかね?」
と聞いた。市村青年は、はっと思い立ったようにこれも背筋を伸ばして、
「いえ、すみません。今日は、監察部屋が手薄なようだから、何か手伝える事が
あれば聞いて手伝って来い、と言われておりました。」
「そうか、それは有り難いな。」
 あと四半時、といわれた空き時間を使って、吉村はこの後輩の前にどさっと書類の
束を持ち出し、細かな指示を与えた。
「これとこれ、の綴じ糸をほぐして……こういう記載があるところだけを抜いて
日付順に重ねていって下さい。あとはいずれ処分することになるものだから、ざっと
まとめて、邪魔にならぬように寄せておいてくれればいい。用事が済んだら、私も
戻って来て目を通すつもりだから。」
「はい!あの……これは、私が見ても差し支えないものでしょうか?」
「ああ、勿論。」
 誰に見られたら困る、というものについては、新人に任せるような事はしない、
のだが、この時はその気配りを快い、と思った。
「あとは、少ししたら斎藤先生が巡察に出る報告に来られるだろうから、内容を
聞いてその紙に書いておいてくれると助かるな。わからなかったら、斎藤先生が
教えて下さると思う」
 同じ剣術師範でも、別格と言われる程の達人である斎藤の名を聞いて、市村は
顔を引き締めた。
「斎藤先生ですか……緊張します。」
「そんなに怖いお人ではないよ。下の人には丁寧だ。」
と、やや弁護しておいて、
(隊で一番怖い人の下で働いている君ならまず大丈夫。)
と頭の中で思ったら、またふとおかしくなってきたが、吉村は軽い微笑にとどめ、
小脇に小さな包みを持って部屋を出た。
 大名屋敷と見紛うほどの、と言われた広壮な屯所の廊下を歩くと、京風の雅が
好きな近藤勇や、これも凝り性の土方歳三が贅をつくして造らせた中庭の木々が、
寒気の中で常緑の葉を精一杯に広げている。残念ながらこの庭には今、一輪の花の色
とてないのだが、代わりに朝の冷え込みで凍てついた霜柱が土を盛り上げ、それで
いて少しずつ解けながら、青白い反射の光を放っていた。
 子供の頃、この朝霜を踏んでざくざくという音を聞くのが無性に面白かったな、
等と思い出しながら、吉村は黒く艶めいた板の上を歩いて、そのまま奥の副長室へ
向かっていった。

                                (この項 終)

◆監察日記・秋楓の項◆

「副長、また例のご息女からの付文です。明日の七つ、
三条の汁粉屋でお待ちするとの事ですが、お出かけになりますか。」
 新選組副長の自室で、秘書よろしく数通の書状の開封を手伝いながら、
監察の山崎烝が言った。
「山崎君よ、悪い冗談だな」
 土方歳三は、苦虫を噛み潰したような顔で低くうなった。
「俺が甘ったるい食い物が嫌いなのは知っているだろう。」
「それは、食い物はお嫌いでしょうが」
「女も同じさ。どうせ食うなら後口のさっぱりした、腹にもたれねえ
ようなほうがいい。」
と、土方はひと息ついて、
「汁粉よりはトコロテンだな。」
「なるほど。」
 土方は根っからの関東者で、何によらず、ぐずぐずとしつこいのが嫌いである。
(土方自身かなりの粘り腰を持つという面はあるのだが、それはまた別で)
 監察方としては、ごくたまに隊務のついでで、副長の「個人的な用件」に
関わることもあるが、たとえば色里の敵娼にしても、控えめで気配りのきいた型の
女を選んで遊ぶようだし、局長の近藤のように、女がらみで周辺の手を
わずらわせるような事はしない。酸いも甘いもかみ分けた物わかりのいい相手と、
淡々と綺麗につきあう、というのが都に出てから会得した土方流哲学らしい。
 ひと頃は物珍しさも手伝って京阪で派手な浮名を流したものだが、
年々公務が多忙になり過ぎて、女遊びどころではない、という気の毒な
一面もあるだろう。手間のかかる女にかまける位なら、いっそ何もしないで
一人寝のほうが気楽だ、と小人数の酒席で漏らした事もある。
 元もと自他男女を問わず、「打てば響く」というのを尊ぶのが土方の
習癖である。
 その土方が恐らくかなり苦手とするであろうたぐいの婦人から、
将来の縁談を匂わせるような再三の申し出を受けて、はっきりと誘いを
断りきれずにいるのは、相手が公儀がらみのつきあいがある大身の家の
養女で、揉め事を起こすと隊にも迷惑を及ぼす懸念がある、という理由に
過ぎない。素人相手の厄介なところだ。
 公用のついでで立ち寄った時に茶を出しに来たその「ご息女」に、
「土方様はお独りでいらっしゃいますの?」
と聞かれた時、何気なくそうだ、と答えてしまったのがいけないらしい。
もともと、苦み走った壮年の美男なのである。女はいない、と答えられる事を、
相手は予測していなかったかもしれない。
 結果的に言えば、その一言がその後「ご息女」の猛攻を招き寄せたような
ものである。
(嘘も方便、というやないか。国元に女房か許婚がおります、とでもいうて
はぐらかしはったらよかったんや。)
と、山崎は身に馴染んだ上方言葉で考える事がある。一度そう進言して、
「新選組の土方歳三が、そんなでっちあげの根も葉もねえ嘘がつけるか。」
と機嫌を損ねられた事があるので、山崎はそれ以降、その事については触れずにいる。
(曲がった事がお嫌いな御仁だからな。)
姑息な嘘は自らの沽券にかかわる、と思っているのだろう。上方では、嘘もまことも
「あんじょう」真綿にくるんで出すのが処世の慣わし、なのであるが、関東気質の
男たちには、それが良くわからない。
(しかし、おなごにしてみたら気ィ持たされて生殺し、も気の毒なもんやで。)
 女には、花の盛りの頃というものが厳然としてある。その気がないならすっぱりと
諦めさせてやった方が、月日を無駄にせぬぶん親切だ、というのが山崎の
論旨であった。
 一度、沖田総司から雑談の合間に小耳にはさんだところによれば、土方は
郷里にいた時にも、戸塚村の於琴女、という小町娘と祝言を挙げるの挙げないの、と
いう話が出て、それも自ら「時期ではない」と断って立ち消えにさせたことがあった
らしい。
「あの土方さんが、おとなしく三味線屋の婿さんにおさまりかえるなんてこと、
考えつくはずもありませんよねえ。」
 沖田はそう言ってげらげら笑っていたが、確かに、実家では末子である土方が
所帯を持てるということになれば、すでに家のある娘と結婚して入り婿(養子)に
なる位しか方法がない。土方はそれがどうにも我慢が出来なくて、しかしあから
さまに断るわけにもいかないから引き延ばし策にかかったのだろう。家付きの
跡取娘が、そう何年も、宛にならない男を待てるほど自由な社会ではないのだ。
もし縁談が本当だとしても、当の土方が京へ来たきりになっている以上、娘は
いずれ諦めて別口を探すことだろう。
(しかし、今度のは婿の話やない。休息所ずまいでも何でもええさかいに嫁はんに
してくれ、とでも言われたら、流石の土方先生も難儀しはるやろな。)
 この選り好みの強い男が、日頃にない我慢を含んで、是とも非ともつかぬ
ぼかした返事を続けているのも、そのうち相手の熱がさめて、於琴女同様、
どこかに別の縁組でも見つけてはくれまいか、という腹づもりがあってのことであろうが。
(相手も京にデンと腰を据えて構えている以上、徹頭徹尾かわしつづけるしか
ないやろなあ……まったりのんびり、だけは、西国もんのほうが上手や。)
 で、誘われても、何かと理由をつけては断り続けている。
 山崎と、同僚の吉村貫一郎だけは、大体そういった見当で承知している。
 尤も、監察方は守秘が身上であるから、そういう個人の内情は知っていても
外には漏らさない。土方とは親戚づきあいといってもいい近藤、沖田、井上らにも
特に話していない。その婦人の相手としてもっぱら応対に出されるのも、
まあ武骨が売り物の新選組で、他に適当な者がいなかろう、と思い、
些か渋々ではあるにせよ、「副長のご負担」の一部を担っているつもりなのだ。
 土方はその文を興もなげに山崎の膝の前に返してから、
「守護職御用で忙しいと言っておけ。」
「私が、ですか。」
 山崎はわずかに眉をしかめた。丁度吉村が探索で不在の三日前にも、
西本願寺詣でに事寄せて、父からのお届け物にあがりました、というわかりきった
口実で屯所まで乗り込んできた相手に、副長は公務による留守と告げ、さんざん
ごねられて、それならお帰りを待つ、と小半時も粘られ、閉口したばかりなのだ。
「君なら甘い物でも食えるだろう。」
「胸焼けするようなのは苦手ですよ。」
 いちいち婦女子の相手をさせられる時間もない、というくらい、山崎は山崎で
実際に忙しいのである。夏から秋にかけて監察が働き詰めという大掛かりな
事件が漸く片付いて、その慰労にと局長主催で設けられるはずの先斗町の宴席すら、
諸事繁多で今月半ばに延びている。
 大体において、自分の前歴にも色々あった為に山崎や吉村はある意味で「女嫌い」に
なってしまっており、だから監察が勤まっている、と言ってもよい位なのだ。
 新選組で隊規を破って罰せられる者の多くが、いわゆる色と金、がもとで失敗している。
その点の私欲が少ない者でなければ、他人の非違を注視する仕事は出来ない。
 若いほうの吉村貫一郎にしたところで、
「吉村様はおやさしいから、おもてになるでしょう。」
と出入り先の者に言われた時、はて?と首をかしげ、後で、
「私はそんなにおやさしく見えますかね。舐められている、という事でしょうか?」
ときいてくるほどなのである。
 幾分無愛想な山崎とは違って、根が砕けていて、婦人の好むような黄表紙もよく
読んでいるし、入隊前からの上方暮らしもそんなに嫌いではない、という吉村だから、
表面的には人当たりがやさしく見えるのだろう。こういった種類の接客なら、山崎が
困っていれば「ああ、私がやりましょうかね。」と言って出てくれる気軽な若者でも
あり、いつもは宛にして、年配の山崎はまた別の仕事にかかっているのだ。
しかし吉村は実際のところ、上方育ちの山崎よりずっと短気で、刀を抜いたら一歩も
引かない、という東国気質を色濃く持っており、その点では土方と山崎の中間の
位置にある、ようなものである。彼も昔は男女の揉め事にさんざん首をつっこんで、
実は女と派手な喧嘩もよくしたもの、と言っていたのだが、どうやらそれで懲りて
しまって、物腰が予めやわらかくなっている、のかもしれない。
(……貫さんが帰ってくるまで待つか。)
 でなければまた仏頂面の山崎が恨まれ、おやさしい土方様と吉村様なら、言うこと
を聞いて下さるのに、と、さめざめとした泣き言につきあわねばならない。
 おやさしい、で言うなら、土方はこうみえて婦人には人当たりの悪いほうでは
ないのだ。だから時に、遊び人の女好き、という曲解した風評が立つこともある。
「女は可愛い時もありますが、総じて怖いものですよ。怒らせるほどに怖い、のは
新選組だけではなくて、世の女たちこそ、そうかもしれない。男には、女ってものが
本当にはわかりませんからね。だから私は、滅多に逆らわないようにしている。」
と吉村が酒の席で苦笑しつつ語っていたのはある意味、的を得ているかもしれない。
 副長もそうかもしれないな、と思い当たった時にふと声がした。
「一段落したら、貫と二人で三千院の紅葉でもゆっくり見物させてやる。」
 珍しく機嫌をとるように片頬で笑ってから、土方がまた出入帳に
目を落としたのを見て、山崎はやれやれ、今度はどうやってあの気まぐれな
令嬢をいなす弁舌を考えたものか、と、軽い嘆息を上司に聞かさぬよう
注意しながら、一礼して障子をあけた。三千院の風光も、出張がらみの話に
ならなければよいが、と、つい含み言葉のように捕らえてしまうあたり、
監察の習癖が身にしみこんでいるのを感じている。
 ふと目を向けると、屯所の楓は、すでに二分ほど黄色く染まりつつあった。

                          (この項 終)
<2008/4/4(金) 22:46 千太夫>

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