黒猫 (未完)

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   黒猫 第一章


 夜が訪れるごとに、私はこの腐りかけた肉のことばかりを気にしている。
明日の予測などとうの昔からできなくなっている。咳をするごとに入ってくる
空気でさえも私を助けてはくれない。この世にくいはない。
しかし本当の心の内ではまだ『生』を求めていた。昔痛めたこの胸は、
数々の命の代償のように壊れていっている。あとどの位私はここにいられるのだろう。
 久しぶりに外に出た。荒れ果てたこの地でさえも夜は静まりかえる。
落し物を探すかのように注意深く、桜の並木道を朧月の光だけを頼りに歩く。
何かを感じ、闇の中不気味に光り咲く桜を見た。その間で月が輝いている。
時折、雲で隠れる月は今にも何処かへ消えてしまいそうだ。
人間には『栄光』と『堕落』が交差してやってくる。
まるでそれを表しているかのような月を眺めることは、なんと物悲しいのであろう。
『死』という選択のしようがない道を押し付けられた者は、
どうすれば生きてゆけるのだろう。
あぁ、この桜と私の命、どちらが先に散ってしまうのだろうか。
「どうかなさいましたか。」
背後からの声にいつもの癖で身構えてしまう。いや誰でも恐怖心持ってでしか、
この街の夜を歩けないだろう。しかし、私の心は落ち着きすぎていて自分でも
気味が悪いくらいだ。
いつも死ぬ覚悟はできていたあの頃。
そう、あの人のためなら死んでもいいと思っていた。
しかし今はどうだろう。自分の『運命』を直視できていないではないか。
あぁ、私は何時からこんなにも弱くなってしまったのだろう。
夜風は、この心持を何処かへやってはくれないだろうか。
そして、私を死から逃れさせてはくれないだろうか。
「あの、そこのお方。」
まだ私を呼ぶ声の主の方に私は振り向く。そこにはまるで闇に
とけ込んでしまったかのような漆黒の着物を着ている女性が立っていた。
微笑む顔は、優しさに満ち溢れているが美しいとは言えない。
それは顔がやつれているせいだろうか。
「あぁ、私ですか。すみません、気がつきませんでした。」
「それで私に何か御用ですか。」
「いいえ。あなた様が今にも川へ身をやりそうな、
そのような顔をなさっていたので心配になりまして。」
驚いた。自分は周辺の人から見たらいつもそのような顔をしているのかと思い、
あまり持ったことのない恐怖心を覚えた。心が妙にざわめく。
はっとし、首筋に流れた冷や汗を拭き取り、
「それはありがとうございます。」
と歪んだ笑顔で礼を言った。その女性は、また何かを思ったように話し出した。
「ところで、何を見ていらっしゃったのですか。」
「桜です。ここの桜は何時見ても夜の月明かりがよく似合います。」
「そうですね。しかしそれももうすぐ終わってしまうでしょう。
あなた様はこの桜を見てないをお考えに。」
「いいえ、つまらないことなので・・・。」
「私は、この桜と私の命どちらが先に散っていくのだろうと考えておりました。
そう私の命はそう長くはございません。
しかし、私をたった一人で育ててくれた母親を残しては死にきれません。
母にはこのことはまだ言っておりません。
明日言おうと思っておりましてそのような時にこの桜が突然見たくなったのです。」
自分と同じなのだと思った。
何かを醸し出すこの女性と同じことを考えこの桜を見ていたことを知った今、
自分が何て小さな存在なのだろうと思う。
一本道だと思っていたこの道は、私の前に唯一伸びているわけではなかった。
同じ道をこの人は違う方法で歩んでいる。
そこに何か違和感と温かさが満ち溢れていた。
彼女の笑顔はやはり美しいとは言えないが、『癒し』というものがあった。
正直なところ恐怖心はまだぬぐわれてはいない。
まるで自分の心を見透かされているかのような、
そのような気持ちが心から離れないでいる。
「夜もだいぶ更けましたので、私はお先に・・・。」
そっと、髪をかき上げる手は彼女の顔と同じで痩せ細っていた。
痛ましいその腕はこれからの短い人生で何をつかむことができるのだろう。
興味があった。
私の命の炎ももうすぐ燃え尽きてしまう。
その中を、私はただ最期を待つ受身のことばかりしか考えてはいなかった。
彼女はどうなのだろう。
彼女にはくいはあるようだが、はたして『死』への恐怖というものがないのだろうか。
私に見せる背を、ひき止めようと声を出した。
「あなたのお名前は。」
振り向き、そっと笑う彼女の笑顔は明るい月のような夜の似合う微笑だった。
「桜と申します。」
「私は総司・・・沖田総司です。またお会いできますよね。」
「えぇ、きっと会いましょう。」
そう言うと彼女は消えるかのような静かな足音の余韻とこの想いだけを
残して夜に隠れていった。
ふと、夜空を見上げると、あの月のような桜の幻影が見えるような気がした。


                                 つづく
千の字
「先生、あきまへんわこれは」
と編集の里中君が私に言った。
「どこがいけないんだ。」
徹夜明けの私は、にべもなく言われた最初の読者の感想をじかに耳にして
少なからずむっとした。
「どこが、て。言ってもよろしいんですか。」
彼は東京に出てきてもう十五年にはなるというのに、いまだ出身の関西弁が
抜けない。それでいて、ヘンにこれが東京人だ、というようなビジネス語も
混じったりするので、関東片田舎の生まれ育ちの私には、疲れている時には
聞いているだけでちょっと気にさわったりする。もっともおおむね気のいい
男で、原稿もあがって飲みにいく時などは大変重宝な仲間でもある。
「どうぞ」
と、いうしかないではないか。もともと、大して、いや決して、売れている
とは言い難い三流作家の私に、昨今の新選組ブームに便乗して(本当に彼が
そういったのだ)会社の女性月刊誌で短気集中連載をする、沖田総司を
書いてみないか、という話をとってきて持ち込んだのは里中君だ。
彼のめがねにかなわないという事は、雑誌の編集方針に沿わないという
事で、せっかく書いたところで没になる恐れがある。作家のほうが編集より
偉い、なんていうのはもうちょっと偉いクラスの物書きになってはじめて
いっちょまえにいえることであって、この平成出版不況にかてて加えて、
コミックやインターネットがこうも蔓延してしまうと、刷り物の活字を
買ってまで読もうなんていう奇特な人間は減るいっぽう、素人同然の
若いおねえちゃんが書いたネット私小説が「斬新だ」なんていうので
あっというまにベストセラーになってしまうような世の中である。
私のように、もう青年とはとっくにいえない自称小説家、その実は
食えないのでアルバイトをしている実家の店番のほうが本業と化して
いるような手合いは、お仕事を運んでくる編集者サマサマでお伺いを
たてなくてはならない。
 里中君は、今どき天然記念物なみの手書きで眠い目をこすって乱暴に
書かれた原稿用紙の束をぺらぺらとめくって、おもむろに言った。
「まず、この最初から出てくる橋の上の女がブスやいうとこ。これは
絶対的にあきまへん。」
「え?」
私は眉をしかめて反対した。
「ブスだなんて下品な表現は書いていないよ」
「当の沖田総司がしげしげ何度見てもあまり美しくないんでしょう。ブスって
ことじゃありませんか。それも真っ暗闇に真っ黒の着物を着て。
先生、ご存知ですか。夜目遠目笠の内、いうて、夜に見たら明るいところより
アラがみえんので多少は割り増しで綺麗に見えるいうもんです。
しかも女の喪服は一番色っぽく見えるいうぐらいですよ。
それだけのお膳立てをしてもらってもなおかつ美しくない、しかも母親が
病気で自分も死にそう。こんなインインメツメツとしたヒロインに
若い総司とのロマンスが生まれますかいな」
「ぐぅ」
……と言いたいところだがぐうの音も出ない。
「しかし、ヒロインが美女ではありきたりじゃないか。だからこそ、沖田は
容姿なんかじゃなく心にひかれるってことで新しい描写だと思うんだよ」
里中君は首を横にぶんぶん、と振る。
「そんなもん新しくもなんともないですよ。先生は新選組の沖田総司がどれだけ
書かれてきたのかご存知やないから。沖田総司が実は女の子で胸が大きかったとか、
沖田の恋人が同じ労咳病みで同病相哀れみながら彼女のほうが先に死んでまうとか
医者の娘が男装の女剣士で新選組に入って男以上に強いなんていうマンガまで、
もう十年、二十年前には発表されてます。それとおんなじパターンふんで
長期連載してる少女漫画なんてもう、新選組ものではベストセラーですよ。
ヘタしたら沖田の相手は男、いうのかてうじゃうじゃ書かれてるご時世です。
たかだか、平々凡々なそこいらのちょいブス、に何の新しさがありますか」
 こんな四十づら下げたおっさんが沖田総司を熱く語るのを、私は寝不足で
きんきんする頭をややうなだれながら聞いていた。
「先生、こんどのはOLか主婦が主体の女性雑誌に載せる企画ものの短気連載
ですよ。沖田総司を書いて下さい、というたのは、新選組でも沖田は知名度
ベスト3には入る有名人のわりに、知られているほどの記録はほとんどない。
沖田の女の名前かていろいろ言われるけどこれはと決まったのはないんです。
せやから、逆にモノ書く人にとっては一番自由に書きやすいし読者にとっても
難しいこと抜きにしてとっつきやすい。読者が冴えない亭主や課長のダサさに
うんざりして、ちょっとカフェオレでも飲みながらパラパラっとめくった時に
あらっ沖田総司サマの小説やわ、いうだけでもちょっとは読む気になってくれる。
いわば癒し系ですわ。その時に読者はヒロインに自分を同化さして、ああ沖田
さんはこの後死んでしまうんやわとキュンなんてなりながらロマンチックな
気分にひたるんです。不治の病の沖田だけに、短い恋のお相手は健康で綺麗な
魅力のある人にひかれるのと違いますか。」
 そんなもんかなぁ、と憮然たる気持ちになってきた。つまりは読み捨ての
乙女チック短編でよいということか。それで原稿の安い俺にまわってきたと
いうことなのかとも反論しようかと思ったが、次に里中君は切り口を変えて、
違う刃を私につきつけてきた。
「先生、だいいちこれ、慶応何年の設定です?」
「え?」
うろたえた。細かい年号など考えずに書き始めてしまったのだ。だからぼかして
あるじゃないか、聞かないでくれ。
「新選組のいつ頃の話と思って書いてはるんですか」
「いや、その……この後に池田屋事件がからんでだね」
「はあっ!?」
里中君は素っ頓狂な声をあげた。
「だって、新選組といったら池田屋だろう。それにその……池田屋では沖田が
血を吐きながら倒れて、それでこの女性の看護を受けるという次号の展開に」
「呆れた!」
今度は里中君が真面目な顔になった。
「先生、僕がお持ちした資料の本、ちゃんと読まれましたか。」
 里中君はちょっと怖い顔をした。先月この依頼を引き受けた時に、彼はダンボール
一箱いっぱいに新選組だの沖田総司だのと名がつく本をどさどさと入れてきて、
今は何しろ出すぎて選んで買うのも大変だろうから、手持ちのものやら社員が
持っている本やらを集めてきた、と言ってくれたのである。
 が、実は、副業いや本業と化している店があるキャンペーンをやっていて、
かきいれどきにかり出されほとんど手をつけずにいた。
 まあ沖田総司ぐらいなんとかなるだろう、と思い、今日の打ち合わせの
直前になって勢いで書き始めたのがさっきの原稿なのである。
 そういう私の勉強不足と言い訳を察知したかのように、里中君の高説が再開した。
「沖田総司が元治元年六月の池田屋の変で、倒れて途中棄権した事はホンマです。
しかし、この時に喀血、つまり血ィ吐いて倒れたゆうのはずいぶん後になってから
肺結核で死んだことと結び付けられてからのことです。本人が病状悪化したのは
慶応三年も春ごろからといわれています。その年の秋冬にはもう本人も手紙で
自分の病気であることを認めて、でも元気になってきたから大丈夫ですよと
多摩に住んでる近藤勇の兄さんに出した手紙には書いているんです。」
「へえ……あ、そうなの知らなかった。いや、そういえば読みました」
 短編を書くのに細かい年号や事件簿などこだわらずにやっていこうと想ったのが
どうやら里中君には大いに不満らしい。
「肉が腐るほど毎日死ぬこと考えてるんやったら、てっきり慶応三年最後の
都の春、いう設定やったと思ってましたよ。池田屋の前からこんなに重病人の
つもりで始めてるとは恐れ入ったな」
「いやぁ……池田屋は入れなきゃいかんと思ってたのでその……」
「確かに、沖田総司といえば池田屋ぐらいしか活躍はしてません」
「えっそうなの!?」
 驚いた。新選組の事件というと全部沖田が斬ってまわるもんだろうと思って
いたのである。
「でもね先生。僕は、沖田総司がもう来年には死ぬような病気でありながら、
勇の兄ちゃんには心配かけまいとして大丈夫ですよとサッパリ手紙に書いた、
土産の味噌漬け送ってもらって嬉しいと喜んでみせる。そこらへんが
たまらなく好きなんですよ。仲間から離されて、療養中の身でいくらでも暇な
時間はあったのに、くよくよと書き綴った思い出の記録だの手紙だの、何にも
出てこない。二十七歳、満でいうたら二十五かそこらで死んだんですよ。」
 里中君は、まるで自分の同級生が若死にするかのようにちょっとしんみり
した顔になった。このまま続けようと思ったら、彼は仕事を忘れて何時間でも
話を続けたかもしれない。
「わかった。確かに僕の書いた中味は、沖田総司もヒロインも違うようだ。
もっと、読者が心をひかれるような明るい色彩に書き直してみるよ。」
「ありがとうございます。」
里中君はいやに素直に頭を下げた。そして多少くたびれかかったビジネスバッグの
中から、似つかわしくない程の鮮やかな赤い色の本をとりだした。
「これ、最近出た新選組の本です。辞書の代わりに置いていきますわ。」
テーブルの上に置かれたやや厚めの本は、裏も表も真紅のカバーで包まれ、
黒い帯が巻かれただけの、かなり目立つデザインだった。
 
―――幕末維新新選組
タイトルがど真ん中に書いてある。
「著者は?」
ついクセで聞いてみた。
「それが、インターネットで管理人をしている有志の個人たち、いうだけで
読んでも著者がどこの誰かはわからんのです。」
「ネットの本かい」
「ここに載りきらんかった資料がサイトのほうにもわんさかありますよ。
確か、五百万だか六百万だかのアクセスがあるはずです」
「へえ……まぁ、ネットはただだからね」
発売部数なら驚愕ものだが、パソコンで繋いでアクセスするだけならお金は
かからない。
「それだけ関心が高いいうことです。」
里中君はニッと笑って、その後は雑談して帰っていった。
 私は渡された本をめくりながら、たった新選組という一つのキーワードだけで
こんなにもギッシリ文字が埋め尽くされるほど書くことがあるのか、という事に
まず驚かされた。ファミレスのドリンクバーの珈琲を三杯おかわりしても
読みきれるものではなく、混みはじめた店内で、そろそろ引き上げてくれよと
いう店員の視線を感じてきりあげ、家に帰った。
 買ってはあるものの、家族そろってあまり得意ではないパソコンの前に座った。
インターネットのしかたぐらいは、姪っ子に教えてもらって知っているが、何しろ
キーボードというのが好きになれない。だから未だに急ぐときは手書きなのだが。
 とりあえず目的のサイトだけは何とか開けた。
 画面の中には、驚くほど多くの「新選組」が踊っていた。


 気がつくと、私はいつの間にか、居並ぶ木造家屋の町並みに歩いていた。
(えっ………)
電線が一本もない。まさに太秦だの日光の時代村のような風景が、しかし
どこまでも果てしなく続いている。
 しかも、見ればその通りをちらほらと歩いている人間たちも、妙に小さく結んだ
マゲの頭に地味な着物で草履やゲタを履いている。それは、年寄りも子供もそうだ。
洋服を着ているのが一人もいない。よほど大掛かりな映画でロングで撮っていて
とも思ったが、何のことはない、自分の頭に手をやってみると、てっぺんがざらっと
して、剃って伸びかけた毛が手の平に痛い。後頭部にはいわゆる丁髷が乗っていた。
格好はもちろん、着物。
―――なんだ、夢を見ているのか。
どうやらそうらしい。違和感を感じたのは最初のうちだけで、自分もいつの間に
この町の住人である事になじんでいて、足取りは迷ってはいない。
―――幕末のことを読みながら寝たりしたからだな。
と、ボンヤリと頭ではわかっているから不思議なものだ。
 私は、一軒の小さな店ののれんをくぐった。
「おこしやすぅ」
と、店主の声がした。どうやら床屋であるらしい。先客が髪のもとどりをひっぱり
あげられてやや吊り目になっている。私は客待ちに置かれた絵草子やら、通俗な
読み物をぱらぱらとめくりながら、ふん、つまらんと思いながら時間を潰している。
 自分の番が来て、いつもの通りと告げて鏡を見ると、チョンマゲ頭の私の後ろに
映っているのは、何と編集の彼であった。こんなところで床屋の親父になっていた。
だが、この世界での私とも顔なじみなようで、何やらまったりした関西弁で
世間話を始めながら、私の後頭部でチョキンとハサミが音をたて、元結がとれて
ザンバラ頭になった。時代劇なら落ち武者の頭でよく見るが、ストレートの長髪で
しかも頭のてっぺんは剃って丸くなっているのだから、自分の顔で見るとなんとも
間抜けなさまではある。
―――はて、今は江戸時代の何年ごろの設定なのだろう。
半分、現代人の思考が残ったままの私は髪をとかれながらそう思った。壁には
暦らしきものがかかってはいるが、当然、見慣れたカレンダーとはまったく違う
もので読み方すらわからない。
「親父さん。三条小橋の池田屋っていうのを知ってるかい」
口をついて出たのは普段の東京近郊言葉であった。それはそうだろう、もともと
私が関西弁は使えない。
「知ってるも何も徳次郎はん、去年の祗園会の時にあの騒動で、一緒に見物しに
行ったやおまへんか」
私は徳次郎という名らしい。床屋になっている里中君は不思議そうな顔をした。
「去年……そうだったかな」
「あほらし。壬生浪士が池田屋へ討ち入りした、いうて、この京で知らんもんは
ないほどの騒ぎどしたがな。浪士がたが次の朝になって血だらけの格好で、この
店の前かて、通っておいきやした。」
ぞりぞり、という音がして月代を剃ってもらいながら、私は少し眠くなりながら、
そうだった、この世界での自分は京都の下駄屋の親父で、この床屋の伝三とは近所の
顔なじみ、いまは幕末も慶応に入った頃で、昨年の夏には池田屋事件があって店を
ほったらかして斬り合い騒ぎを見にいったんだ……と、思い出すようになってきた。
夢というのは入り込んでしまうと、辻褄なんていうのはどうでもよくなってくる。
もう何年も、こうしてのんびりとヒマな床屋でチョンマゲを結って暮らしてきた
ような気がする。
 すると。
 同じように店ののれんをくぐって、入ってきた客があった。剃刀を使われて
いるので首は動かせないが、気配でわかった。
「おこしやす。これはこれは、沖田様」
(え?)
「じっきにあきますさかい、お待ちやしとくれやす。えらいすんまへん。」
床屋の伝三はそういって愛想よく声をかけた。
「いいんだ、今日は休みだから。のんびり待つよ」
と、左の背後で若者の声がした。私は横目で、その新しい客を見た。
その客が、新選組の沖田総司だった。
<2008/4/2(水) 21:42 天宮風祈>

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