新選組陣屋跡


長岡屋は醸造家であったが維新後に倒産して志摩屋、現在は酒類問屋秋元となっている。
近藤勇の軍は綾瀬の五兵衛新田から移動、この流山長岡屋を本陣として屯営した。流山
へ来たのは田中藩の加村陣屋に入るためだったともいわれるが、新政府軍に囲まれ、近
藤は四月三日に投降した。流山では近藤が「町を戦火にさらしたくなかったから」とい
う理由で自ら降ったと伝えられている。土方歳三らは同地を脱して後に宇都宮、会津へ
と転戦、近藤は四月二十五日に板橋で処刑。現在、総武流山電鉄流山駅下車、西へ徒歩
四分の場所に「近藤勇陣屋跡」の碑が立っている。




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