旅 情 |
不思議なもので 日頃全然番組チェックなどしてもいないのに 「旅情」という映画だけは何年おきかに たまたまつけていたNHKで3度くらいは観ている。 偶然流れてきただけで、しかもなおかつ最初から最後まで わかっているのだけれども、また観てしまう。 その上に、年を重ねるごとにどんどん 「わかるな〜」の度合いが増してくる切ない映画だ。 ほとんど泣きそうである(笑)。 「僕は若くもないし、金持ちでもない。 でも、飢えている時にラビオリを出されて ステーキじゃなきゃ嫌、というのか。 飢えてない人なんかいないよ。 目の前のラビオリを食べればいいんだ。」 理想の条件にぴったりの王子様があらわれないかと 贅沢な夢なんか見ていないで、 恋がしたければ今ここにいる俺を食え、という あつかましくも甘やかな中年男のくどき文句は絶品である。 男たるもの、オッサンになってもこの位気の利いたことを しかも面と向かって言っておきたい。 こっそりメール飛ばして様子をみようなんてもってのほかだ(笑)。 なんだかんだと抵抗を試みてはみるものの、 力なく男の胸に抱かれて恋に酔いしれてしまいながら 唐突にベネチアを去ることを決めて別れを告げ、 現実の国への汽車に乗る女も実に良い。 貴方のお陰で最高に幸せだった。 でも私達ふたりには将来がないわ、 という女の言葉に 男はなすすべがない。まさに全くその通りだから。 「引き止めないで、お願い」 まず女冥利につきる台詞であろう(笑)。 ここでどうすれば、 折角ものにした女を失わずにすむのかは、 答えはありありとわかっているのだけれども、 この男は恋の進め方がものすごく巧みなのに、 肝心のことは全然わかっちゃいないんだな、これが。 しかしあれだけ見事にふられた男が、 動き出した汽車を追ってホームの端まで走り続け、 何を渡そうとしたのと思いきや、二人のなれそめで 思い出の花となったクチナシ一輪だったというところが、 なんとも滑稽でいじらしいほどに可愛い。 女は細い腕を、妙に形よく綺麗にのばして振りながら 最後の投げキスを送る。 別れ際の美しい恋ほど、女にとって極上の贈り物はない。 言い古されてきたように、人生は旅のようなものであり、 どんなに熱く官能的な激しい恋のありさまも、 所詮は旅の思い出に等しく、 8ミリフィルムをひっぱりだして眺める断片の記念撮影でしかない。 頬よせて手を握り腰を引き寄せて踊った一夜の酒宴でしかなく、 開いては散る花火のひらめきでしかない。 そして多くの場合、 男はロマンチストであり、女はリアリストである。 そんなことを感じるようになってきて、 平凡なラブストーリーにしか見えなかったこの映画が、 なんともほろ苦く胸に響いてくるのかもしれない。 どちらかというと一人で見たほうが良い一編である。 |