![]() |
第 2 回 |
1 ▼ (二) ─── 明くる年。歳三は十六になっている。あれから勝太は時折周助の代参として日野 へやってくるようになり、今では歳三と打ち解けている。 勝太 なあ、歳さん。やってみなよ。 歳三 いいよ。 勝太 おめえには、人並みはずれた負けん気がある。天然理心流でいうところの、気 組だ。それに、あれほどやられても俺の動きをちゃんと見ていた。目もいい。 ───「気組」とは、ガッツとでも言うところか。 勝太 きっと、剣で名を上げることができる。俺と一緒にやろう。 歳三 いいよ、勝っちゃん。俺にゃあ、汗かいてこつこつやるのは性にあわねえ。 勝太 もったいねえなあ。 ─── 勝太は、歳三の勧誘に熱心なのである。しかし、歳三にはちょっとした屈託があ る。 歳三 (今から始めたって、勝太には一生追いつけねえかもしれねえ。) ─── あの喧嘩のとき、すさまじい気迫で打ち込んできた勝太の姿を思っている。 歳三 (だとすりゃ、面白くねえ。) ─── 勝太は天然理心流の次期宗家を約束された男なのである。一門人として、後を追 い続けるだけでは歳三の妙な自尊心が許さない。 ◇ ─── 歳三、久しぶりに生家へ帰っている。離れにいる長兄の為次郎に会いに行った。 為次郎は盲人のため家督は継げず、号を石翆と称して義太夫などを楽しみながら、 楽隠居のような生活をしている。 石翆 歳か。珍しいな。 歳三 そうかい。 石翆 おめえが帰ったにしちゃ、喜六の怒鳴り声が聞こえねえ。 歳三 喜六兄貴は、俺のツラを見ちゃあ小言の種を探してやがるのさ。幸い、留守だ ってえから。 石翆 そりゃあ、おめえが悪い。 歳三 お互い、虫が好かねえのさ。 石翆 歳、喜六のことを悪く言っちゃあ、いけねえよ。 歳三 ………。 石翆 俺がこんな風だから、喜六は若えうちからこの家を継いで、いろいろ苦労して きたんだ。親父は、おめえが生まれる前に死んでさ。乳飲み子のおめえを抱い て、「男の子だってのに、生まれながらに、てて親を知らねえなんて、可哀相 だ」って、ぽろぽろ泣いたのは喜六だ。お袋が長患いして死んだ時も、末っ子 の歳三を一人前にするまではがんばるからな、って言ってさ。おめえが喜六を 嫌っちゃ、ばちが当たる。 歳三 別に、嫌っちゃいねえさ。 石翆 おのぶが嫁に行って、先の決まらねえのはおめえ一人だからなあ。 歳三 為兄貴まで、よしてくれよ。 石翆 歳、おめえいくつになった。 歳三 十六。 石翆 そりゃ、奉公するんでも、ちっと可愛げがねえなあ。 歳三 奉公か。 石翆 武士になりてえなんて夢みてえなことを言って、矢竹を植えたもんだっけな。 竹はよく育ってるがな。 歳三 ちぇっ。 石翆 武士なんざ、つまらねえよ。上役の顔色を窺いながら、一生ぺこぺこして、言 いたい事も言えねえ、食いたいものも食えねえ。あるのは体面と借金ばっかり だ。 歳三 俺は、そういう軟弱なのとは違うんだ。 石翆 よせよせ。腕っぷし一つで一国一城のあるじになれたのは、歳、三百年も昔の 話だよ。 歳三 ………。 石翆 百姓がいやなら、喜六の勧める通り、商人になるこったな。 歳三 あきんど、か。 石翆 そうさ。同じ人に頭を下げるんなら、商人の方がよっぽど、てめえの才覚ひと つで上を望めらあ。大きい店なら大きいなりに、小さい店なら小さいなりに、 自分で実を成らせることができるしな。ひとかどのもんになりゃ、おめえ、大 名旗本があっちから頭を下げて来るってもんだぜ。 歳三 ………。 石翆 まあ、考えておきなよ。俺やおめえがこうしてぶらぶらしていられるのも、喜 六が生真面目にやってくれているおかげだが、そうそうあいつも、気の長い方 じゃねえ。 歳三 わかったよ。 石翆 歳、おめえちょっと、立ってみな。 歳三 ………? ─── 石翆、歳三に並んで立ち、手さぐりで歳三の頭に手を置く。 歳三 なんだよ。 石翆 ほ、ほ。こりゃあ驚いた。おめえ、俺を追い越しやがったな。 歳三 ああ。 石翆 ふむ。 ─── 石翆、いきなり歳三の股間をつかむ。 歳三 な、なんだよ。 石翆 ほほう。 ─── 石翆、にやにや笑う。 石翆 子供だ子供だと思っていたが、もう体は一人前だなあ。 歳三 よせやい。 石翆 女は、まだかい。 歳三 ………。 ─── 歳三、赤面する。昨年、近在の娘に悪さをしかけようとして、いざという時に大 声で泣きだされて未遂になった。 石翆 よしよし。いいところへ連れて行ってやるからな。 歳三 馬鹿言うない。 石翆 へ、へ。喜六には、内緒だよ。あいつはそっちの面倒までは、見てくれねえ。 歳三 ……どこへ行く。八王子か、府中か。 石翆 おや。(笑う) 歳三 不細工なのはごめんだ。 石翆 俺に、顔の善し悪しが見えっこねえ。 あいかた 歳三 なら、俺が選ぶ。初めてだってのに、敵娼まで兄貴のおしきせなんて、嫌だ。 石翆 口ばっかりは達者だねえ。女は、外側の器量じゃねえよ。 ◇ 2 ▼ ▲ ─── 歳三は翌年十七になった時に、再び江戸へ奉公に出されている。日野の佐藤家に 勝太が来て、おのぶにその話を聞くと、がっかりした。 勝太 歳さんが奉公へ……そうですか。 おのぶ よろしく言ってくれと言ってましたよ。もっとも、あの子は江戸に住んでいる んだから、勝太さんの方が近くなるわけだけど。 勝太 そいつは、残念だなあ。何という店です。 おのぶ 大伝馬町の呉服屋だけど、たずねてもらっちゃ、困るって。 勝太 なぜ。 おのぶ 前掛け姿を、勝太さんに見られるのが恥ずかしいんでしょうよ。 勝太 ………。 ◇ ─── 歳三、呉服の大店につとめている。小僧になるにはとうが立っていたが、女たち は喜んだ。 女中1 ちょいと、こんど来た歳って子。きれいな顔だねえ。 女中2 きれいっていうんじゃないよ。でも、あれはいい男前になるよ。 女中1 いやだ、おたかさん。取って食べようというんじゃないだろうねえ。 ─── 女たち、笑っている。 ◇ ─── 歳三は、十一の歳に上野松阪屋に小僧に入って、喧嘩をして暇を出されている。 今度は兄姉たちからくどいほどに言い聞かされてきたし、神妙に勤めていた。 歳三 (なるほど……。) ─── 年長になったせいか、多少はものが見えるようになっている。番頭や手代の仕事 ぶりを見ていても、理解できるようになった。 歳三 (兄貴の言った通りかもしれねえ。) ─── 仕事の出来る奴は優遇され、出来ない奴は出世が遅れている。客も、町人でも豊 かなものは鷹揚に注文していくが、武家といっても払いの滞っているようなところ は、どこか卑屈なところがある。 手代 歳。ちょいと、奥で帳簿を手伝っておくれ。 歳三 へい。 ◇ ─── 歳三、手代と一緒に帳簿の書き写しをしている。 歳三 こっちのを、ここへ写すんですね。 手代 そうだよ。お前は癖字だけど、書くのが早い。頭もいいしね。 歳三 ありがとうございます。 手代 十七になって奉公するんじゃ大変だと思っていたが、さすが日野の庄屋の息子 だけあって、仕込む所は仕込んである。 歳三 庄屋は、姉の亭主です。 手代 ああ、そうだったな。しかしお前の実家だって、近在じゃお大尽といわれるほ どの大百姓だそうじゃないか。 歳三 大したことはありませんよ。 手代 まあ、いい。お前はここじゃ新参者なんだから、腰を低くしているんだよ。人 に憎まれないようにしてりゃ、お前はきっとものになるよ。様子もいいし、女 のお客様には喜ばれて、ご贔屓もつくってもんだよ。 歳三 ………。はい。 手代 しかしね、うちの旦那様はことに、色事の噂にはうるさいお方だ。お客さまに 馴れ馴れしくするのはもちろんの事、女遊びは決して、しちゃあいけない。時 期が来て、一人前になるまでは仕事第一と割り切って辛抱おし。 歳三 はい。 ─── 歳三、しおらしい顔をして聞いている。 ◇ ─── ある日、店に積まれた反物を見て、番頭が言った。 番頭 ここの反物を巻いたのは、誰だい。 歳三 私でございますが。 番頭 ふむ。実に、きれいだ。 ─── ひょいと一本を取り上げ、歳三に渡す。 番頭 もう一度、やってごらん。 歳三 はい。 ─── 歳三、反物を屏風たたみになるよう、さっさとほどき、芯を整え、するすると巻 きはじめた。両手のひらで布の端を揃えつつ、小指を使って器用に巻き取っていく もので慣れないと巻きが甘くなってしまい、こう上手にはいかない。 番頭 ほう。早いな。こんどは、これをやってごらん。 ─── 番頭、物差しを渡す。 歳三 はい。 ─── 歳三、再び反物を解き、用尺をはかりだす。恐ろしく早い。 番頭 いいよ。こうして色を並べ替えたのも、お前かい。 歳三 はい。 番頭 ふむ。幸吉に言って、目利きの仕方を早く教えるようにしよう。お前なら思っ たより早く、お客様のお相手がつとまりそうだ。 ◇ ─── 夜。手代からみっちりとしごかれた歳三、お茶を乗せた盆をさげてくる。台所に は女中の一人で、お藤というのが残っていた。 お藤 遅くまで、大変ねえ。 歳三 ………。 お藤 お腹はすいてない?よかったら、これ。 ─── こっそり、にぎり飯がつくってある。 お藤 見つかるといけないから、急いで食べてしまいなさいな。 歳三 すまねえ。 ─── 歳三はにぎり飯をぱくついた。この時は親切な女だと思っただけだったが、その 後も何かと、お藤の好意的な言動は続いた。むろん、他人の目がある時は、素知ら ぬふりをして口もきかない。しかし、二人きりですれ違う時など、微妙にしなを作 って目線を送ってきたりする。ある日、素早く指先を握って来た。 歳三 ………。 ─── お藤は微妙な笑みを残して、すっと去った。 ◇ ─── 夜の納屋で、歳三とお藤、抱き合っている。 お藤 ごめんね。歳さん……あたしのことなんか、何とも思わなくていいから。 歳三 何を言うんだ。 お藤 だって、あたしなんか、歳さんより七つも年上だし……亭主だって持ったこと があるし、とんだきずものだもの。出世前の歳さんには、ふさわしくない。 歳三 きずものなもんか。 お藤 わかってるんだよ。自分でも、いけないって……だけど、好きになっちまった んだよ。初めて、心底惚れちまったんだ。止められなかったんだよ。 歳三 俺だって……初めてだ。 お藤 うそ。歳さんは、思っていたよりずっと、大人だったもの。お国に、いい人が いるんでしょ。 歳三 そんなもの、いやしねえ。 ─── 兄に連れられて、多摩の宿場女郎を抱いた事はある。しかし、女と深い仲になっ たのは初めてだった。 お藤 歳さん……。いけないよ、やっぱり、あたしのことなんか忘れて……。あんた は番頭さんにまで、目をかけられている人だもの。いつか暖簾をもらって、い くらでもいいお嬢さんを選べるんだから。ね、その方があんたの幸せなんだか ら。 ─── と、お藤は殊勝に、涙まで浮かべてみせるのである。若い歳三には、自分が身を 引いてみせればみせるほど、人の心は逆になびくものだという女の手管がわからな い。言葉どおり、自分のためを思ってくれていると信じた。夢中になった。 ◇ 3 ▼ ▲ ─── しかし、そんな逢い引きがいつまでも続くわけはなかった。新しい女中で、器量 良しのおなみという娘が、歳三に惚れたのである。 おなみ 歳さんって、いいわねえ。帯の結び方ひとつにしたって、こう、きりっとして いなせでさ。とても、お百姓の息子だなんて思えない。 お藤 そうかしらね。まだ、ほんの子供じゃないの。 おなみ そりゃ、お藤さんから見たら、あたしたちなんて子供に見えるだろうけど。 お藤 ………。(むっとする) おなみ 若いったって、あたしより一つ上だもの、ちょうどいいでしょう。あの人なら きっと、早く手代さんになるだろうし、何年か待ったってかまやしないわ。 お藤 およしよ。歳さんがあんたを好きになるもんですか。 おなみ どうして。 お藤 あの人はあれで、言い交わした女がいるらしいよ。人の入り込む隙なんてあり ゃしない。 おなみ まあ……ほんと? お藤 そうだよ。 おなみ えーっ。嫌だあ、がっかり。 ─── お藤は内心、勝ち誇った気持ちだった。自分を年増扱いした小娘に釘をさしたつ もりだったのだが、これが思わぬ波紋を呼んだ。勝気なおなみはそれで気落ちした りせず、あっけらかんと歳三にせまったのである。 ◇ ─── 店の裏庭。おなみと歳三が偶然二人になっている。 おなみ ねえ、歳さん。あんた、もう決まった人がいるって、本当? 歳三 え……。 ─── 歳三はぎくりとした。誰がお藤の事を知ったかと思ったのである。 歳三 そんなもの、いねえよ。 おなみ ほんとう? 歳三 ああ。 おなみ ああ、よかった。いやだ、お藤さんたらあんな事言って。とんだ勘違いじゃな いの。 歳三 ………。 ─── 歳三の顔が、さっと青くなった。 おなみ ねえ、お店に許される頃になったら、あたしをもらってよ。 歳三 ……馬鹿言え。 おなみ 誰もいないんだったらいいじゃないの。そのかわり、変な噂になってあんたが 困ったりしたら嫌だから、店の中で妙な流し目をくれたりしやしないわ。あた しも真面目に働いて、辛抱して待つからさ。 歳三 (苦笑して)何年先になるか、わかりゃしねえよ。 おなみ いいのよ。まだ若いもん。 歳三 ………。 ─── 歳三は複雑な顔をして立ち去った。おなみの言ったことがいちいち、お藤のこと を暗にさしているような気がしていた。 ◇ ─── 夜。納戸の隅で、歳三とお藤が会っている。 歳三 なんで、おなみにあんな事を言ったんだ。 お藤 あんなことって……… 歳三 俺に女がいるなんてさ。 お藤 だって、あの子があんまり生意気なこと言うもんだから……。腹が立って。 歳三 困るじゃねえか。どこまで話したんだ。 お藤 別に何も、言いっこないじゃないの。 歳三 本当か。 お藤 何よ。あんただって、あんな若い子に言い寄られて鼻の下のばしてるんじゃな いでしょうね。 歳三 俺が? お藤 そうよ。あたしなんて、飽きたんでしょ。だからそんな、おっかない顔して責 めたりするのよ。 歳三 違う。 お藤 そうに決まってる。どうせ、あんたにとっちゃちょっとした遊びなんだから。 ─── お藤、すすり泣きを始める。 歳三 違うったら。 お藤 ほんと? 歳三 遊びで、こんな危ない真似ができるもんか。 ─── 歳三、お藤に抱きつく。 お藤 歳さん……。好き、好きよ。 ◇ 4 ▼ ▲ ─── ところが、波紋は別のところにも広まっていた。出戻りでどこか影のあるお藤と 違い、おなみは明るいおしゃべり好きで、年上の女中誰かれとなく話をしてまわる のである。 おなみ 歳さんはあたしがつばつけたんですからね。お姉さんがた、取っちゃ駄目です よ。 女中1 あれまあ、あけすけだよこの子は。 女中2 あんた、つばつけたって意味がわかっていってんのかい。 おなみ え? たなもの 女中2 お店者どうしでおかしなことをしたりしたら、じきにお払い箱だよ。 おなみ いやぁだ。そんなこと、しませんよ。あたしだって、真面目に働いて歳さんが 所帯を持てるまで待ってるって言ったんだから。 女中1 へえっ。 おなみ そしたらあの人、何年先になるかわからねえよ、ってこう………笑って。照れ くさかったんですよ。 女中2 おーお、今の若い子は。 ─── 女たち、げらげら笑う。 おなみ でもねえ、お藤さんたら、ひどいんですよ。歳さんには決まった人がいるから あんたには無理だ、なんて言って。 女中1 へえ、お藤さんが。 女中2 そんな話、聞いたことがないねえ。 おなみ あたし、そんなことないって歳さんに確かめたんですから。間違ったこと教え るなんて、ひどいわ。あきらめちゃうところだったわ。 ◇ ─── 後刻。女中2、お藤に話す。 女中2 お藤さん。歳さんのいい人って、誰だい。 お藤 え。 女中2 あたしらも聞いたことがないけどねえ。おなみはあんな風だから、いないって 言葉を信じこんじまったようだけど、もしそんな女がいるんだったら、あきら めさせてやらなきゃ可哀相だからね。 お藤 さあ……あたしも、前にそんなふうに聞いたことがあるような気がしたもんで すから。歳さんがいないっていうんなら、そうじゃないんですか。 女中2 そんなあやふやなことを言っちゃ困るじゃないか。 お藤 ……ええ、すいません。 ─── お藤、そそくさと行ってしまう。女中2、鼻白んだ顔で見送る。 ◇ ─── 女中1、2、ひそひそと話している。 女中2 どうも、お藤はあやしい。あの女、歳さんに岡惚れしているんじゃないかい。 女中1 まさか。出戻りのいい年増じゃないか。 女中2 わかりゃしないよ。日頃から、年より若く見えるのを自慢げにしているじゃな いか。それに、いっぺんしくじっているからね。早いとこ若い男でもつかまえ て楽しようと、あせってるんじゃないの。 女中1 おお、いやだ、みっともない。 女中2 二十五だなんて言ってるけどさ。あの目尻を見たら、どうもありゃ、小三十は いってるよ。それに、前の亭主との間に子供の一人や二人は生んでるさ。 女中1 本当かい。 女中2 なんで離縁したかわかるもんか、あの男好き。 女中1 へえ。 女中2 前にやめた音次って手代だって、あの女のせいでしくじったって噂なんだから ね。 女中1 へえ。そんな女なのかい。見かけによらないねえ。……しかしそんなのに、あ の利口な坊やがくっつくかねえ。 女中2 あの道は別さ。歳さんの方が、まだまだねんねだよ。暗いところに引っ張り込 まれりゃ、ごまかされちまうよ。 女中1 ………。 ◇ ─── 女たちの挙動が、どことなく歳三とお藤に冷たくなったのはこの頃である。おな みだけは相変わらず無邪気に歳三に笑いかけてきたりするが、お藤にはなるべく口 もきかないようにしているらしかった。女の集団で孤立したお藤は、しつこく歳三 に逢瀬を求めてくるようになった。 歳三 あまり、たびたびだとまずいんじゃねえのか。 お藤 だって……いっときでも多く、会っていたいんだもの。あたし、もう……世の 中にあんたしか、頼る人がいないんだよ。なぜか知らないけど、お松さんたち があたしをいじめるの。こそこそと、自分たちだけでお茶を飲んだりしてさ。 人の顔見て、くすくす笑ったりして………あたしもう、辛くて。せめてあんた とこうしている時しか、気の休まる時がないんだもの。 歳三 あんたが別嬪だから、ババアどもがやっかんでいるのさ。気にするなよ。 お藤 ………。 ─── 歳三の声が、無意識にうつろな響きをともなってきている。初めは酸いも甘いも かみ分けた大人の女だと思って導かれてきたのだが、こうなってくるとどちらが年 上かわからない。若い歳三が女の愚痴をうっとうしく思い始めてきたのかもしれな かった。 お藤 歳さん。あたしと離れたりしちゃ、嫌だよ。 歳三 ………。 ─── お藤、歳三の裸の胸に唇をおしあてている。 歳三 ……よせよ。 お藤 あたし、……お前を食べさせてやるよって人、袖にしたんだから。女房にして くれるって言うのを振ったんだから。 歳三 誰だ、そいつは。 お藤 言えないよ。でも本当だよ。あたし、好きでもない男と楽して生きていくより あんたとこうなることを選んだんだ。その方が、幸せ…… 歳三 お藤。 ─── 歳三の手がお藤の裾を割って、夢中で女の体にしがみついている時、ガラリと荒 々しい音がして、納戸の戸が開いた。恐ろしい形相で手代が立っている。 次回 (三)へつづく 5 ▲ |