お 龍 
 (坂本龍子) 

 
 
  天保12年6月6日、幕末期の京都に生まれる。名は、龍、良との記載  

  があるが、真偽は研究者にゆだね、ここでは龍と呼ぶことにする。  

  お龍の父は京都の町医者で楢崎将作といい文久2年正月20日、享年  

  50歳で没した。又、将作の父が長州藩士であったともいわれている。  

  楢崎は青蓮院の侍医で、漢学を貫名海屋に学び、梁川星巌らの同門であ  

  った。また、頼三樹や池内大学らとも親密で、お龍が幼い頃から行き  

  来があり、勤皇の思想もそなわっていたと思われる。  

  楢崎の死後。一家は困窮を極め次女、三女が悪党にだまされ遊郭に売  

  られたところを、お龍が着物を売り旅費を作り、懐剣を持って悪党と  

  渡り合い、妹達を連れ戻したというような話もある。  

  天誅組の京都挙兵の残党で主に土佐の者達が、河原屋五平の隠居所を  

  借り、水口加藤家人住所の表札でしばらく潜んでいたが、才谷梅太郎  

  こと坂本龍馬や、石川誠之助こと中岡慎太郎らもここに居た。山本と  

  いう老人が賄いをしていたが、男所帯で不便なため、留守番の女を雇  

  いたいと出入りの米商に頼んだところ、世話をしたのが楢崎の妻、龍  

  の母、夏(または貞)であった。お龍は七条新地の扇岩と言う旅籠の手伝  

  いとして預けられた。母親が坂本に身の上話をしたこともあり、お龍  

  が何度か面会することもあり、坂本のほうから、嫁にほしいとの話が  

  あったともいわれ、当世で言う恋愛であったらしい。  

  その後お龍は伏見の旅籠寺田屋へ移る。寺田屋の女将はお登勢といい、  

  義侠心に富み、お龍の名をお春と呼ばせ、自分の養女分とし、滞在する  

  坂本龍馬付の女中格とした。  

  慶応2年1月23日深夜、薩長同盟の大役を果たした坂本が護衛の  

  三吉慎蔵の待つ寺田屋へ帰り、二階でくつろいでいた。ちょうど湯船  

  につかっていたお龍が窓から捕吏の姿を発見し、全裸のままで裏階段  

  を駆け上がり坂本に知らせた話は有名である。三吉は槍で、坂本は護身  

  用の短銃で防戦し、お龍は坂本の羽織を着て伏見板橋の薩摩藩邸に走  

  り救援を求めた。三吉は自力で藩邸へ逃げ、負傷した坂本は途中藩士  

  に救出されたが、三日にわたる昏睡状態をお龍が懸命に看護したという。  

  慶応2年2月、中岡慎太郎を仲人に西郷吉之助を媒酌人として、薩摩  

  藩邸で二人は祝言をあげ、船で九州へと向かった。これを日本最初の  

  新婚旅行であるとよくいわれる。  

  翌慶応3年11月15日、坂本は京都近江屋で暗殺された。  

  その後お龍は横須賀の大道商人と再婚したといわれる。  

  明治39年11月15日、神奈川県で没する。享年66歳。  




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